あんなに嫌がってたのに………
バスケットボール部へはそのまま入部してしまい、それを期に放課後、駅舎へ顔を出すことのなくなった聡。
瑠駆真と二人で過ごすことの多くなった放課後。自分が駅舎へ行かなければ、美鶴と瑠駆真が二人っきりになる。そんなことは、聡もわかっているはずだ。
「言い寄る男を袖にして楽しんでるような女なんて、愛想が尽きたのよ」
すれ違いざま、これ見よがしに呟いて去る女子生徒の言葉。
―――気にすることはないっ
激しく頭を振る。
きっと…… もともと私のことなんて、なんとも思っていなかったのだ。好きだと言って、私がどんな態度を取るのか、面白半分で試していただけなのだ。私が乗ってこないから、飽きてしまったのだろう。
そうだっ そうに決まってるっ!
必死に言い聞かせるのに、どこかで何かがひっかかる。
…………
脳裏に浮かんだ疑問を追い出すかのように頭を振り、両手で両の肩を抱く。
信じなくてよかった……
聡の言葉を信じていたら、私はまた、バカを見るところだった。
また、裏切られるところだった………
頭の隅に浮かぶ、かつての親友。
そうなのだ。やっぱり、誰も信じてはいけないのだ。
そう自分に言い聞かせながら、ふと足を止めた。
ぼんやりと歩きながら、今までだって何人もの人とすれ違ってきたのに、どうしてその人影にだけは足を止めてしまったのだろう?
たぶん、あまりにも珍しい様相だからだろう。
外国人を見かけるのに、さほど珍しさを感じなくなった昨今。だがその姿は、やはり目立つ。
歩道の真ん中で立ち止まり、目の前の建物を見つめている。
膝上の短い若葉色のワンピースは、素材が硬めで襟付きだからだろう。長い足も少し開いた胸元も、微かに色気を漂わせながら、嫌らしさは感じさせない。
髪の毛は、一見無造作に上げているように見える。だが、形の良い頭部にはバランス良く、耳元から垂らした一房も、計算してのことに違いない。
黒く豊かな耳たぶにさがるシルバーのピアスは十字。すこし厳つくも思えるが、それが逆にその人の、意思の強さを感じさせる。
己を誇りに思う強さ――――
美鶴は、彼女の横顔に目を細めた。
確か……… メリエム、と言ったはずだ。
「何も聞かないんだね」
瑠駆真の声が、脳裏に響く。
―――っ 私には関係ない。
だが、艶やかな黒い肌の方が、チラリと動いた。
「アラっ?」
形のよい唇が緩む。
「アナタ……… ルクマのお友達ね?」
美鶴は思わず視線を逸らした。だが相手は、そんな美鶴の態度に構う様子もない。
「こんにちわ」
少し外国人訛りはあるが、流暢な日本語。瑠駆真が……… 教えたのだろうか?
「どこかへお出かけ?」
メリエムは、美鶴の方へ近寄りながら、親しげに片手を差し出した。どうしてよいのかわからず、だが邪険に扱うのも子供じみているような気がして、おずおずとその手を握る。
女性にしては大きな手。黒人にしては、普通なのだろうか?
見上げる顔は本当に小さく、瞳は大きく口もやや大きめ。
年上なのだろうか?
白人は年より上に見えると言うし、東洋人は幼く見えると言うが、黒人がどうなのか、美鶴は知らない。
メリエムは笑みをたたえたまま、今だ一言も口を聞かない美鶴へ問いかける。
「この辺りに住んでいるの?」
「えぇ まぁ………」
「そう、偶然ね。私は……」
そこでメリエムは言葉を切り、上目づかいに思案しながら、やがて小さく口を開く。
「お散歩…… って言うのかしら? 目的もなく歩いてただけ」
「はぁ」
聞きもしないのに話しだす。
「あなたは? どこかへお出かけ?」
どう答えてよいのかわからない。メリエムがお散歩と言うのなら、美鶴もそのようなものだろうか? 母の所業から話し始めたら、至極長い話になりそうだ。
「まぁ 私も散歩です。それより―――」
黙っていたら続けざまに質問されそうで、美鶴は慌てて言葉を続けた。あまり良くも知らない人間にあれこれ聞かれるのは、好きではない。
「あなたは何をしてたんですか? こんなところで……」
そう言いながら、メリエムが見つめていた建物へ視線を向ける。メリエムもそれに釣られるように、顔を回した。
「見ていたの」
「は……… はい?」
それは一見普通の民家。だがよく見ると、持ち主のものであろう表札の隣に、木と紙で作られたプレートが下がる。
【唐草ハウス】
奥からは時折子供の声が聞こえ、それを追うように大人の怒鳴り声も聞こえる。
「孤児院…… のようなものなのね?」
しばらくしたのち、その問いが自分に向けられたものだと悟り、美鶴はメリエムを見た。
「たぶん…… そんなようなもんだと思いますけど」
「ずいぶんと質素なのね。日本のモノは、みんなもっと立派なモノだと思っていた」
澄ました住宅街の中にあって、特に浮いた建物でもない。と言うことは、民家にしてはそれなりに立派な建物だということだ。
施設として使うには少し小さいかもしれないし、人数にもよるだろうが、例えば子供のいない老人などが個人的に子供を引き取っているというのなら、十分な大きさだろう。
表札のかかる門柱の向こうには庭が広がり、紫陽花が季節を教えている。他にもなにやら植物が育ち、その奥に二階建ての建物。梅雨の潤いを含んで育った緑に一部隠れてはいるが、一人二人暮らしだとしたら、とても大きすぎる。
「そ… そうですね」
同意しかねるといった雰囲気の言葉に、メリエムは少し、首を傾げた。
「そもそも、日本に孤児院なんてモノがあるとは、思わなかったわ」
「え?」
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